アドバンス助産師の活躍

全国で活躍するアドバンス助産師の皆様を、毎月1回ご紹介します。

>>> 第8回 藤井 宏子様 (公立大学法人県立広島大学 准教授)
>>> 第7回 風間 仁美様 (東京北医療センター 師長)
>>> 第6回 冨坂 幸恵様 (医療法人仁清会かみや母と子のクリニック 職員)
>>> 第5回 武藤 香子様 (助産所 ままと赤ちゃんの家 院長)
>>> 第4回 小笠原 詩子様 (盛岡赤十字病院 職員)
>>> 第3回 野島 奈明様 (社会医療法人愛仁会高槻病院 職員)
>>> 第2回 鈴木 令佳様 (かもめ助産院 院長)
>>> 第1回 小嶋 由美様 (ことり助産院 院長)

※所属組織、役職名等は各回の公開当時のものです。

第8回 藤井 宏子様 (公立大学法人県立広島大学准教授)

はじめに、自己紹介をお願いいたします。

 県立広島大学助産学専攻科で教員をしております,藤井宏子と申します。アドバンス助産師は2016年に取得しました。尾道市出身で,職場から自分の生まれた島が見えます。

勤務されている県立広島大学での、普段のお仕事について教えてください。

 大学での職務は教育・研究・地域貢献といわれますが,本学助産学専攻科の教員は総じて教育をはじめ,学生と過ごす時間が長いと思います。どの教員の研究室にも学生がよく出入りします。学習上の質問や進路相談はもちろんですが,つらいことがあった時にも研究室にやってきます。

助産学教員になった経緯を教えてください。

 広島市内の総合周産期母子医療センターで10年近く勤務する中で,職場では解決できない問題意識をもったことから大学院に進学しました。職場に愛着もありましたし,ずっと臨床にいるものだと思っていました。教員という職業は遠い向こう側だと思っていましたが,指導教員に勧められたことをきっかけに教員になりました。博士課程を修了したら臨床に戻るつもりでしたが,教員になってみると助産師をめざす学生はとてもかわいく,仕事上の子どもをもったようでした。結局,教員として現在に至ります。

ご専門の研究テーマについて教えてください。

 「職業生活に適応するためには何が必要なのか」という問題意識のもと,社会化やワーク・ライフ・バランス,職場無作法の研究をしています。助産師になるまでの時間的・金銭的コストを考えると助産師個人にとって適応状態にある方が幸せだと思いますし,助産師1人を育てるコストを考えると潜在化や離職は社会からみても損失だと思うからです。

これからの助産師に特に求められている技術・知識はどんなものでしょうか。

 日本の周産期医療の水準はこんなに高いのに,地域で母子とその家族には課題が山積しています。どのようにすれば助産師が地域での助産を担えるのか,貢献できるための仕組みを考え実践に移すための知識や実践力,行動力が必要だと思います。助産師出向支援制度もありますが,もっと持続的に助産師が地域で力を発揮できる仕組みが必要だと思います。

学生を指導する上で気をつけていらっしゃることはありますか。

 最新の知識や技術を習得することも大事ですが,10年後20年後も変わらない,助産師としての志を抱かせて修了させてあげたいと思います。学生も臨地の助産師と同様に対象者を主語で話せること,対象者の権利・安全を守るために自身のアセスメントを指導者さんに報告し,相談しながら調整することが大事だと思います。これに関しては本学教員,臨地実習指導者が口を揃えて学生に言っていることです。幸いなことに,本学の臨地実習先は臨地実習指導者さんをはじめ,スタッフの方々が学生の良きモデルとなってくださいますので,教員はそれを言語化し学生に伝え内在化できるよう心がけています。

大学でのお仕事の他に、助産に関するご活動をされていらっしゃいますか。それはどういったことでしょうか。

 特別な背景はなくても,新生児がいるご家庭では家事・育児が大変です。最近,広島県内の小売業と開業助産師さんが協働する産後サポートをコーディネートし,事業化しているところです。そのほか,全国助産師教育協議会や広島県看護協会での教育,広島県の助産に関する仕事をさせていただいています。

助産実践能力のブラッシュアップのためにしていることや、今後受講したい研修などはありますか。

 教員は臨地での実践に制限がありますが,実践能力が衰えると学生にも臨地にも迷惑をかけ,ひいては対象者の不利益にもつながります。臨地で必要とされる実践に関する研修は引き続き受講したいです。さらに今後は地域での母子とその家族の課題に関する研修も受講していきたいと思います。また教員として,教育方法や評価,教育機関の運営や行政との連携に関する研修も受講していきたいと考えています。

教員としてお仕事をされていて、どんなときにやりがいや喜びがありますか。

 助産学生の教育はまるで子育てのようです。彼女たちが大きくなり,社会で活躍し,世の中のどこかに役に立っていると思えば,いつでも喜びを持つことができます。今はまだやりがいよりも使命感や義務感の方が大きいです。大きな喜びや達成感,心に残るエピソードを想うのはしばらく先まで大事にとっておこうと思います。

最後に、アドバンス助産師としての抱負や、これからアドバンス助産師を目指す方へのアドバイスをお願いします。

 外部評価の認証によりアドバンス助産師の称号が与えられることはとても有意味だと思います。自画自賛ではないからです。今は教員で直接的な助産実践はなかなか難しいのですが,助産師として対象者さんや学生に接することができるよう,更新し続けようと思います。

ご協力ありがとうございました。

第7回 風間 仁美様 (東京北医療センター師長)

はじめに、自己紹介をお願いいたします。

 高校卒業まで宮崎県で過ごし、千葉県の短期大学で看護師資格を取得後、都内の助産師学校で助産師資格を取得し、20年になります。その間、大学編入や大学院修士課程で学んだ時期もありました。そこでの恩師や友人との出会い、多くの学びや経験は今の助産師としての自分に大きな影響を与えていると思います。
 今は、夫と小学校1年生、2年生の二人の子供の協力のもと、師長として仕事に励んでいます。アドバンス助産師は2016年に取得しました。

勤務されている、東京北医療センターのことを教えてください。

 当院は、東京の北部、埼玉県との県境に位置する病床数343床、31診療科を有する総合病院です。「地域に根差した医療を実践し、その人の人生を豊かにできる医療人を育成することで、社会に貢献していきます」という理念のもと、地域の急性期医療を担うべく診療を行っています。また、災害拠点病院、地域医療支援病院に指定されています。病院として、へき地・離島等への医療支援にも積極的に取り組んでおり、助産師の不足している地方病院への助産師派遣や離島からの分娩受け入れを行っています。
 産婦人科病棟は、病床数41床、LDR5床を有する産科単科の病棟です。産婦人科外来との一元化により妊娠期から出産後までの継続的看護を目指し、46名の助産師が日々の助産ケアにあたっています。2016年にはNICUがオープンし、ハイリスク症例が増えつつあります。2018年度は1,091件の分娩がありました。
 昨今、分娩施設の混合病棟化が問題になっていますが、幸いにも当院は今のところ産科単科で運営を行うことができています。これからも産科単科を維持するために、「出産場所に選ばれる魅力ある病院」を目指して助産師が主体となり様々なことに取り組んでいます。
 今年度は、「立ち会い出産の対象拡大」「産後同窓会」「母児早期接触」「ママの沐浴実施」「入院妊婦さんのランチ会」「産後の夜食提供」などを計画し、助産師がグループに分かれて取り組んでいます。

普段のお仕事の様子はいかがですか。風間様は師長をされていらっしゃいますが、どういった業務を担当されていますか。

 産婦人科外来と産科病棟の一元化をしていますので、病棟・外来の管理が主な仕事です。病棟運営の方針を決めてPDCAを行うこと、管理的なデータの収集や分析、スタッフとの定期的な面談や助産師の教育計画の作成、高額医療機器から日用品まで病棟・外来で使用する全ての物の管理・購入計画等々、業務の内容は多岐に渡ります。
 患者様と直接かかわる機会は少ないですが、他機関・他職種との連携が必要な方に関しては直接面談を行い、必要な支援を考え、関係職種・機関との調整を行います。精神科疾患を抱えた方や経済的不安のある方、家庭環境の複雑な方、パートナーからDVを受けている方など様々な背景により支援を必要とする方がいらっしゃいます。産婦人科の医師はもちろんですが、小児科の医師や師長、MSW、地域の保健センター、精神科連携病院などと情報共有を行い、必要時、面談などの調整を行っています。 
 また、分娩施設を検討中の方に当院産婦人科について知っていただくため、病棟見学会を行っています。実際の施設を見てもらい、イメージを持っていただくことはもちろんですが、施設までの距離や綺麗さという外見だけでなく、当院における妊娠管理や分娩の方針に対しても共感していただいた上で分娩施設として選んでいただきたいという思いで毎回、お話をしています。

これまでに受けた研修の中で、特に日々の業務に役立っていると感じる研修はどんなものでしょうか。または、今後受講していきたい研修があれば教えてください。

 看護協会主催の産科管理者研修は産科の管理をする上で旬なテーマが取り上げられる事が多く、また、産科の管理者という同じ立場の助産師と話のできる貴重な機会でもあり、毎回受講をしています。
 師長という役職柄、平日は休みが取りづらく、参加できる研修が土日に限られがちです。そのため、オンデマンドで受講できる研修は電車通勤の往復時間を使って受講することができ、積極的に利用しています。
 また、病棟運営を行っていくうえで、医療に関する政策や制度、医療経済に関する動向に目を向ける事が必要ですが、疎い領域でもあるため、学ぶ機会を作っていきたいと思っています。

助産師を目指した理由やきっかけはどんなことでしたか。

 一番のきっかけは母性看護の実習です。
 分娩に立ち会った時の感動と命の誕生の瞬間を共にする助産師という職業を間近に見て、自分もなりたいと思った事がきっかけです。産科病棟の明るくて穏やかな雰囲気も看護の実習の中では印象的で、こんな場所で働きたいと思ったことを思い出します。

この仕事の難しさを教えてください。

 正解がないところだと思います。
 「あともう少し頑張ったら母乳でいけそうだけど・・・」「精神科を受診したら楽になるかもしれないのに・・・」「パートナーと離れたら危険な目に遭わずに済むのに・・・」など、助産師としてこれが「正解」と思うことも、相手にとっては必ずしもそれが「正解」ではないということがあります。
 相手の抱える多様な背景や置かれた状況の中で、その人にとって、いま最も「Best」なのはどうあることか、決まった答えがないだけに難しさを感じます。

この仕事の良いところを教えてください。

 病院で唯一「おめでとうございます」「また来てくださいね」と言える場所であること、新しい家族のスタート、未来にかかわることのできる職業であることだと思います。
 当院はリピーターの分娩の方も多く、勤務年数が長くなるにつれ、「上の子の出産の時にお世話になりました」とか「前回お世話になった時には主任さんでしたよね」とか、声をかけていただくことがあります。何年も前の退院指導で話した些細なことを覚えていてくださった方もいました。何年経っても覚えていてもらえるというのは助産師として嬉しく思います。

助産師になってより磨かれた部分、得意になったことはどんなことでしょうか。

 先を考える、想像する力でしょうか。
 分娩経過の中で、様々な情報から予測を立て、ケアを行うことはもちろんですが、妊娠中から分娩のことを考え、さらに出産後の生活の事を考えて必要な支援をする。また、家族背景や生育歴など得た情報からその人の生活を想像して、これから先の生活の中で必要な事を考える。かかわりの中で常に先を考えること、その人の生活をイメージすること、そこから今必要な支援を考えるといった思考は助産師になって、年数を経ることで身に付いてきたと思います。

最後に、アドバンス助産師としての抱負や、これからアドバンス助産師を目指す方へのアドバイスをお願いします。

 2021年度がアドバンス助産師の更新年となります。管理職であると同時に、一助産師として「自律して助産ケアを提供できる実践能力」を持ち続けられるよう、知識と技術のブラッシュアップを行っていきたいと思います。
 また、師長としては、数多くのアドバンス助産師を生み出せるよう、CLoCMiPに基づいた助産師教育を行っていきたいと思います。

ご協力ありがとうございました。

第6回 冨坂 幸恵様 (医療法人仁清会かみや母と子のクリニック職員)

はじめに、自己紹介をお願いいたします。

 5年間看護師として働いた後に助産師の資格を取り、助産師になって21年目になります。アドバンス助産師は2016年に取得しました。
 親の転勤が多かったのもあり、生まれは長崎県なのですが5年以上1か所に長く住んだことがありませんでした。でも沖縄に来て19年目になり、まさかこんなに長く沖縄にいることになるとは思ってもいませんでした。

勤務されている、かみや母と子のクリニックについて教えてください。

 沖縄の糸満市にある産婦人科のクリニックです。
 2018年の分娩数は649件で帝王切開率は14.0%になります。助産師の人数はクリニックとしては多く、育休中の人も合わせて20名います。また県内初の「赤ちゃんにやさしい病院:BFH」として認定されています。

普段のお仕事の様子はいかがですか。

 仕事は助産師としてなんでも行います。助産師外来、病棟担当、分娩係り、育児教室も担当します。
 妊婦さんは受け持ち助産師制で、妊娠中から産後まで継続的に関わるようになっています。

助産師を目指した理由やきっかけはどんなことでしたか。

 私は自宅で生まれました。
 39歳の初産婦の母が予定外に私を自宅で生んでしまったのです。母はお腹の調子を崩しており、お腹の痛みを陣痛だと思わず、強くなって30分で生まれたそうです。最初は泣き声をあげずに父が病院に「死んで生まれました。」と電話したのですが、しばらくして泣きだしたそうです。そして父がまた病院に「生きてました。」と電話すると「じゃあ、迎えに行きましょう」と言われたそうです。
 この話を聞くのが私は大好きで、小さい頃からことあるごとに「私が生まれた時はどうだったの?」と繰り返し母親に聞いていました。自分の生まれた時の話がドラマのようで、聞くたびに私はすごい出産を乗り越えてきたんだと感動を覚えました。振り返るとこの話が助産師を目指したきっかけだと思います。

この仕事の難しさを教えてください。

 妊婦さんは外来で最初にバースプランの話をしたときに、受け持ちの助産師が決まります。
 助産師はその方が順調に経過するように、また健やかな出産・育児ができるよう関わっていくのですが、私は始めた頃は妊婦さんに体重の話ばかりしていました。体重が増えたら注意をして、ウォーキングや食事の話をして、自分が妊婦さんを管理している気分だったのだと思います。
 当時は分娩検討会というのがあり、問題があった分娩を医師とスタッフとで検討していました。そうすると自分の担当した妊婦さんが出産でうまくいかない時に自分の指導の結果が見えてくるのです。自分の苦手な所やダメな部分が見えてきました。体重管理の話だけでは安産ができない、そして分娩でうまくいくことばかり目標にやっていると今度は育児がうまくいかないという所が見えてきました。
 自分の指導やケアを振り返りながら、次の課題が見えてくるので、そこが難しいところだと思います。

この仕事の良いところを教えてください。

 産後のお母さん向けに「産後のママ&ベビークラス」を運営しています。そのクラスに参加したお母さん達が、笑顔で帰っていくのを見ると、いい仕事だなと思えます。
 退院してから2か月までのお母さんと赤ちゃん対象のクラスなのですが、産後2~3週間ぐらいの方も来ます。最初は緊張して不安げな表情の方もいるのですが、赤ちゃん体操をしたり、実際に赤ちゃんが寝やすいように丸々抱っこして一緒に歩いたりしていると、だんだんお母さんの緊張が取れて笑顔が輝いてきます。お母さん達同士でおしゃべりをして「よく泣いて大変です」「赤ちゃんの湿疹どうしてますか」など悩みを共有して発散し帰る時にはすっかり笑顔になっていきます。
 このクラスを始めるきっかけが、産後3週目頃に赤ちゃんがよく泣くのが大変でミルクを足す人が増えるというのが分かり、それをフォローするためのものでした。1か月健診前で、まだクラスに参加するには早いし大変ではないかと思っていたのですが、やってみて1か月健診前に泣かれて不安が強くなっている人は多く、困っていることを表出し、共有する場として早いことはなかったなと思っています。

助産ケアの中で得意なことを教えていただけますか。

 骨盤ケアの研修を受け、「体ほぐし教室」「トコちゃんクラス」「産後のママ&ベビークラス」とクラスを3つ担当させてもらっています。
 得意というわけではないのですが、お母さん達の話を聞いたり、その方の身体や背景をみて必要な情報だったりケアをすることができるようにはなってきていると思います。

今後はどのような技術・知識を学んでゆきたいと考えていますか。

 メンタルヘルスについても、問題を抱えている方が増えているので学んでいきたいです。

最後に、アドバンス助産師としての抱負や、これからアドバンス助産師を目指す方へのアドバイスをお願いします。

 実は初めはアドバンス助産を取得することは考えていなかったのですが、うちでは師長が熱心に勧めてくれてシステムを教えてくれました。色々研修を受けたり、足りない分をオンデマンドで見たり、学会に行ったり大変だったのですが、今は良かったと思っています。
 今までどうしても自分の興味ある分野ばかりの研修を受けていたのですが、アドバンス助産師はいろんな分野を勉強することになります。更新するにあたってまた研修や学会参加が必要になるのですが、知識の更新は必要なことだと思うので、助産師は一生勉強と思って頑張りたいと思います。

ご協力ありがとうございました。

第5回 武藤 香子様 (助産所 ままと赤ちゃんの家院長)

はじめに、自己紹介をお願いいたします。

 山形県生まれ、埼玉県で助産師の勉強をしました。栃木県那須塩原市にきてから、30年になります。2男2女に恵まれました。
 ほとんど助産師として働いてきましたので、30年以上、ずっと出産に関わっています。実践したことを論理的、学問的に考えたくて、4月から大学院修士に入学し勉強中です。

院長を務めておられる、ままと赤ちゃんの家のことを教えてください。

 那須御用邸の玄関口である那須塩原駅近くに、助産所ままと赤ちゃんの家はあります。どこまでも青い空と、さわやかな風がそよぐ、のどかな、人口11万人の地方都市で、妊婦さんやご家族もどこかのんびりしています。子どもは3人いて当たり前、という子だくさん家庭が多いです。
 傷のない出産、疲労の少ない出産、出血の少ない出産を目指して、開業してから19年になります。5年前に新築し、施設が広くなりました。出産だけではなく、産後ケア、看護カウンセリング、虐待やDV、母児の保護や特別養子縁組にもスタッフと長年取り組んできました。

開業の経緯を教えてください。

 自分自身が助産所で出産しているので、自分の経験した幸せな出産を、他の女性に体験してもらえたらいいな、と思っていました。
 そのころ「地域で働く助産師が必要だよね」とか、「武藤さん、開業してよ」と、上司や同僚が口にするのを不思議な気持ちで聞いていました。自宅の後ろにちょうど20坪の土地があったこと、エコーが買えたこと、嘱託医がすんなり決まったこと、勤務していた産科の部長が「早めに搬送して」と二つ返事で支援病院を受けてくれたことで、わずか6か月で開業できてしまったのは、今から思えば奇跡です。

普段のお仕事の様子はいかがですか。

 妊婦健診、産後健診、育児相談、産後ケア、育児サークル、学生実習指導などが助産所では主な仕事になります。出産があるときは、産婦さんや赤ちゃんのお世話で忙しいです。特にご飯作りは力が入ります。最近は、大学での講義や、研修会の講師、命の授業も多いです。

助産師を目指した理由やきっかけはどんなことでしたか。

 高校3年生の時に、母に「助産婦さんになったらどう?」「赤ちゃんを取り上げて、お世話をする仕事だよ」と言われて、すんなり受け入れたのも今思うと奇跡です。その他のことは一切聞き入れない、反抗的な人間だったので。

この仕事の難しさを教えてください。

 いくらフィジカルイグザミネーションして、アセスメントして、産婦さんやご家族と熱心に取り組んでも、どうにも報われない時があることです。人間の命というものは人智を超えたものだと畏怖の念を持っています。

この仕事の良いところを教えてください。

 生まれようとする子の力強さ、産もうとする若いエネルギーに圧倒されるところです。未来に向かう力に、ぐいぐい引っ張られていく感じがします。落ち込んだり、考え込んだりする暇がないです。

助産師になってより磨かれた部分、得意になったことはどんなことでしょうか。

 自分の目の前にいる人が何を求めているのかがわかるようになったことですね。少なくともわかろうと努力している。

最後に、アドバンス助産師としての抱負や、これからアドバンス助産師を目指す方へのアドバイスをお願いします。

 2015年に取得しました。2020年の更新にむけて、研修会の受講を頑張っています。アドバンス助産師を更新することは、自分のキャリアをどう積み上げていくかという実践であると考えます。継続教育の点からも、これから目指す方たちと一緒に学んで、社会での実績をつくっていきたいです。

ご協力ありがとうございました。

第4回 小笠原 詩子様 (盛岡赤十字病院職員)

はじめに、自己紹介をお願いいたします。

 岩手県出身、県内の大学にて教育を受け、現在助産師15年目になります。大学卒業後、千葉大学付属病院にて3年間働きましたが、やはり地元で働きたいという思いから再び岩手に戻り、現在の盛岡赤十字病院で働いています。
 アドバンス助産師は2年目の2016年に取得しました。8才・4才・1才の3人の子育てをしながら、仕事・育児に充実した毎日を送っています。

勤務されている盛岡赤十字病院のことを教えていただけますか。

 県内の地域周産期母子医療センターとして、主に34週以降の周産期管理を担当しています。2018年の分娩件数は794件、帝王切開率が49%であり、個人病院から救急搬送され緊急帝王切開になるケースや、特定妊婦を含むハイリスクのケースが増加しています。
 しかしながら、昔から「お産と言えば日赤!」と、地域に根付いた病院でもあり、2世代にわたって日赤でお産されるご家族もいらっしゃいます。
 分娩室・褥室・新生児治療室の3つのチームがあり、合わせて60床の産科病棟で、助産師は45人います。入院中だけでなく、助産外来や母乳育児外来等を通し、ハイリスクが多い中でも、妊娠中から退院後まで妊産褥婦に寄り添った看護を提供できるよう努めています。今年から産後ケア外来も始めました。

普段のお仕事の様子はいかがですか。

 現在は褥室で働き、産後のお母さんと赤ちゃんのケアをしています。
 産後のお母さん達は特に気持ちが不安定となりますので、一人一人のお話を聴き、思いに寄り添い、安全に安心して育児ができるよう、退院後もお母さんと赤ちゃんが笑顔で過ごせるよう、心がけて働いています。
 当院は帝王切開で出産される方がほぼ半数ですが、母乳育児にも力をいれています。「自然分娩したかったけど帝王切開になった」「赤ちゃんが小さく生まれた」等、思い通りのお産ができなかった褥婦さんも多くいます。そんなお母さん達の「産後は母乳で育てたい」という思いに寄り添い、授乳支援にも力をいれています。
 また、臨床指導者として学生指導や新人指導にも関わり、未来の助産師・看護師育成に頑張っています。

アドバンス助産師として行っている取り組みや、研修企画などはありますでしょうか。

 退院後に乳腺炎等で乳房ケアが必要な患者さんに対しては、外来にアドバンス助産師が呼ばれ、乳房ケアを行っております。
 また、アドバンス助産師の資格をもつ先輩は、日赤健康塾として、陣痛タクシーを扱うタクシー会社へ出前講座に行ったり、小中学校へ思春期教育の出前講座に行ったりしています。私もいずれはそのような活動ができればいいなと思っています。

助産師を目指した理由やきっかけはどんなことでしたか。

 岩手県内には産科医のいない市町村がたくさんあります。学生の時に、自分の出身地も出産する施設がないことを初めて知り衝撃をうけました。そこで地域の妊産婦さんの声を聞き、自分が助産師として地域の妊産婦さん、子育てするお母さんの力になりたいと思ったのがきっかけでした。

この仕事の難しさを教えてください。

 母子二つの命を扱う仕事。出産時も、その後も、助産師として責任をもち判断しなければいけない場面がたくさんあります。自分の判断を医師や他のスタッフに伝えていかなければならないため、責任感と緊張感を常にもちながら仕事をしています。
 また、出産はその方にとって人生の一大イベントです。自分の言動ひとつで妊産褥婦さんの気持ちや出産の思い出を良くも悪くもさせてしまいます。子育てを気持ちよく、楽しくスタートできるよう言動には気をつけています。

この仕事の良いところを教えてください。

 生命の誕生は本当に神秘的で、何度お産に立ち会っても、毎回毎回幸せな気持ちになります。また、生まれたての赤ちゃんに会い、毎日元気をもらっています。出産して「おめでとう」、退院の時も「おめでとう」。こんなに「おめでとう」を何度も言える場所は、他にはないと思います。

助産師になってより磨かれた部分、得意になったことはどんなことでしょうか。

 メンタルヘルスケアに力を入れており、妊娠中から産後まで、お母さんたちの思いを聴く、想いを引き出す、聴く力が身に付いたと思います。また、少しの表情の違いから不安等はないかな、と読み取る力も付いたかなと思います。骨盤ケアや乳房ケア、産後ケアなど興味のある分野を得意分野と言えるよう、これから勉強していきたいと思います。

最後に、アドバンス助産師としての抱負や、これからアドバンス助産師を目指す方へのアドバイスをお願いします。

 日々、母子との関わりの中から学ばせて頂くことばかりですが、現状に満足せず、知識や技術の向上に向けて自己研鑚に励んでいきたいと思います。「自律して助産ケアを提供できる助産師」として、妊産褥婦さんやスタッフからも信頼される助産師になれるよう頑張っていきたいと思います。

ご協力ありがとうございました。

第3回 野島 奈明様 (社会医療法人愛仁会高槻病院職員)

はじめに、自己紹介をお願いいたします。

 三重県内の大学で看護・助産基礎教育を受け、現在、助産師14年目になります。アドバンス助産師は初年度の2015年に認証取得いたしました。
 その後、さらなる自己研鑽のために大学院へと進学し、2019年3月に博士前期課程を修了しました。

勤務されている高槻病院のことを教えていただけますか。

 大阪府北部にある、総合周産期母子医療センターを標榜している病院です。また、昔からこの地域の方々にとって市民病院のような存在の、地域に根付いた病院でもあるため、今では「私もこの病院で産まれたんです」という妊産婦さんがいらっしゃいます。
 さらに、当院は、院内助産センターも開設しており、年間約1200~1300件の分娩のうち、200件強を院内助産センターが担っています。

普段のお仕事の様子はいかがですか。

 私は、院内助産センターに所属しています。院内助産開設11年となり、私自身も所属して10年目に入ったため、2回、3回、もしくは4回と院内助産を利用してくださる方とお会いできることが増えてきました。
 また、当院では、院内助産を利用されなくても、正常経過の方であれば、胎児スクリーニング等の週数以外はすべて助産師が妊婦健診を担当しているとともに、ハイリスク妊婦の方への保健指導の機会も多くあります。多種多様な妊婦さんと出会い、勉強させていただくことで、妊婦健診における自らの引き出しが増えていることを実感しています。

アドバンス助産師として行っている取り組みや、研修企画などはありますでしょうか。

 当院のNICUにてハイリスク新生児への看護を学んだ経験から、新生児蘇生法専門コースインストラクターとして活動しています。また、全国の小児科医を中心とした新生児蘇生法普及のための委員会メンバーとともに、クオリティ・マネージャーとして、インストラクター養成にもかかわらせていただいています。
 医師不在の分娩はありますが、助産師不在の分娩はほとんどありません。だからこそ、助産師には新生児蘇生法の習得が必須と考え、院内外問わず多くの助産師が新生児蘇生法を習得・維持できるよう、普及に努めています。

助産師を目指した理由やきっかけはどんなことでしたか。

 母性看護学実習のときに、助産師の言葉がけによって、疲労困憊な様子であった分娩台の産婦さんが蘇ったように気力が湧いたと感じ、人生の大イベントにこれだけ大きな影響を及ぼす存在ってすごいなと思ったことと、実習担当の教員に勧めてもらったことがきっかけです。

この仕事の難しさを教えてください。

 助産師は、身体的・精神的・社会的など、さまざまな側面から女性にかかわります。
 しかし当院では、小児科医、小児科看護師、ソーシャルワーカー、臨床心理士、栄養士に加えて、産婦人科領域のエコーを行う専門の資格をもつ検査技師、妊婦さんや授乳中の方専門の資格をもつ薬剤師など、その道の専門家がおり、助産師や産婦人科医だけではなく、必要に応じて多くの専門家が女性にかかわっています。そのようなとき、より一層、助産師の専門性が問われているように感じます。助産師がやるべきこと・助産師にしかできないことは何かと常に考えながら、日々過ごしています。

この仕事の良いところを教えてください。

 母や祖母から分娩のときの話を聞くことがあるのですが、数十年前の出来事にもかかわらず、驚くほどよく覚えています。このように、分娩を経験した方たちは、ことあるごとにそのときの記憶が蘇り、助産師のかかわりは良くも悪くも色濃く残っているのだろうと考えたとき、人の思い出の一部になれることに多大なやりがいを感じられるところです。しかし、それに対する責任も同時に感じます。

助産師になってより磨かれた部分、得意になったことはどんなことでしょうか。

 相手を知ることは、ケアリングの基本となります。
 自分の目の前にいる人がどのような人なのか、何を求めているのか、どの部分を支援すればより良くなるのかなど、助産師としてのキャリアを重ねていく中で、自然とその人を知ることの重要性が分かり、アンテナが磨かれていると思います。しかし、まだまだ充分ではなく、発展途上であるとも思っています。

最後に、アドバンス助産師としての抱負や、これからアドバンス助産師を目指す方へのアドバイスをお願いします。

 アドバンス助産師に求められることは、女性によって異なることはもちろん、時代や地域、組織によっても異なると考えています。そのため、アドバンス助産師としての自分に満足することなく、また、アドバンス助産師像を型にはめてしまうことなく、身につけたものをどんどんブラッシュアップし、芯の通った柔軟性がある助産師になれるように努力していきたいと思います。

ご協力ありがとうございました。

第2回 鈴木 令佳様 (かもめ助産院院長)

はじめに、自己紹介をお願いいたします。

 助産師になって27年目です。福岡県出身で学校を卒業してからずっと神奈川県で働いています。
 アドバンス助産師は初年度の2015年に取得しました。

院長を務めておられる、かもめ助産院のことを教えていただけますか。

 2001年に橫須賀市に開業して19年目になります。
 3床の有床助産所で、妊婦健診、分娩、産後ケアの事業を展開し、開業後1100人以上の赤ちゃんが誕生しています。また、昨年から周産期(精神)看護に特化した訪問看護ステーションを併設しました。
 また、橫須賀市助産師会の事務局も担っていて法人化に向けて準備中です。

開業の経緯はどういったことでしたか。

 私と今も一緒に働いている助産師が就職した病院は産科に特化した市立病院でした。
 そこで母乳育児に取り組み、お産後に母乳育児をスムーズに進めるには分娩方法を変えようとフリースタイル分娩を取り入れ、それらをお母さん方に理解していただき、身体づくりを勧めるために助産師外来を開設し、医師の協力も得て変革をしていきました。その病院が大学病院に合併吸収されることをきっかけに閉院となり助産所開業を決心しました。

かもめ助産院での、普段のお仕事の様子はいかがですか。

 妊婦健診や母乳相談、産後ケア入院の方のケアを行なっています。
 妊婦健診では一人一人に健康なお産をしていただくため、その方に会った保健指導を心がけています。入院中はお産の経過に会わせたお食事を提供し、体力の回復に向けた身体的ケアを行なっています。産後ケアや母乳相談は他院でお産された方々も多く利用されていますので、産婦さんのお話をよく聞くようにしています。
 そのほか、助産師会の定例会や研修会の準備なども行なっています。

助産師を目指した理由やきっかけはどんなことでしたか。

 看護学校の実習で分娩に立ち会わせていただき、助産師さんがお産を最初から最後まで看護、処置をしている姿にあこがれたこと、赤ちゃんの瞳の美しさに感動したことです。

この仕事の難しさを教えてください。

 妊産婦さんの家族の将来をも担う仕事なので、スタッフみんなが同じ方向性のケアができるか、というところです。幸い仕事をしている仲間は長く一緒なので、気心のわかる人たちに助けてもらって仕事ができています。

この仕事の良いところを教えてください。

 少子高齢化ではありますが、産後ケアや訪問看護をやっていると地域で助産師職能が求められていることを実感します。前職の病院で学んだように自身の意識次第で助産師職能を広げて仕事の幅を広げることができるところだと思います。

助産師になってより磨かれた部分、得意になったことはどんなことでしょうか。

 地域で助産師として働くためには行政の保健師さんや議員さん、鍼灸師さん、整体師さん、保育士さんなど他職種の方とのネットワークを持つことが大切で、いろいろな引き出しを持つことが妊産婦さんの一助となります。一人の妊産婦さんに自分がもつ助産ケアだけでなく、地域財産を広く活用できるようになったことです。

最後に、アドバンス助産師としての抱負や、これからアドバンス助産師を目指す方へのアドバイスをお願いします。

 助産所でやっていることを発信しながら、ICMなどにも積極的に参加して様々な国の助産師と交流を持ち、助産に関わることを吸収して職能の幅を広げていきたいと思います。
 これからアドバンス助産師を目指す皆様には目先のことだけでなく、広い視野を持って職能の幅を広げていただければと思います。

ご協力ありがとうございました。

第1回 小嶋 由美様 (ことり助産院院長)

はじめに、自己紹介をお願いいたします。

 平成9年に助産師になりまして、現在22年目となります。平成21年に母性看護専門看護師の資格を習得しました。
 「アドバンス助産師」は初年度に認証を受けました。

院長を務めておられる、ことり助産院のことを教えていただけますか。

 平成26年に自宅の横に助産院を開院しました。栃木県では出産できる助産院は現在3施設しかないこともあり、市外からも出産に来られます。
 「ことり助産院」としたのは「小嶋」の苗字からでもありますが、「ことり」のさえずりが聞こえるような静かでのんびりした場所にある助産院、という雰囲気を伝えたくてこの名前にしました。

開業の経緯はどういったことでしたか。

 私が通っていました助産婦学校では、助産院での実習や地域での実習が充実しており、校長先生や講師にも開業をされている助産師さんがたくさんおられました。その方たちから学んでいく中で、自然と「助産師になったらいつか開業できるように、知識や技術を身につけないと」と思うようになっていたように思います。

ことり助産院での、普段のお仕事の様子はいかがですか。

 分娩をされる方の妊婦健診や出産のお手伝い、産後は一か月健診まで助産院でみています。入院中はお産後の滋養を考えた食事作りをしたり、掃除・洗濯など身の回りのお手伝いをしながら、産後のお母さんや赤ちゃんとのんびり過ごしています。
 他に、助産院には育児相談や乳房ケア、妊婦さんや産後の方が整体のために来院されます。また、地域の学校や行政の方からの依頼を受けて、中学生から大学生への健康教育、両親学級に出向いています。助産師学生さんや、助産師さんへの講義や実習もお引き受けしています。

助産師を目指した理由やきっかけはどんなことでしたか。

 看護師になって就職したのが大学病院の産婦人科病棟でした。そこで出会ったいろいろな心配事を抱える妊婦さんの看護を通じて、もっと産科のことを学びたいと思うようになりました。病棟の師長や主任さんがとても尊敬のできる方で、その方たちが助産師であったことも、助産師にあこがれたきっかけになりました。

この仕事の難しさを教えてください。

 やはり、母親と赤ちゃんの二人の命がかかる出産に携わる仕事であることだと思います。
これまで800名ほどの出産に携わりましたが、お一人お一人の人生の一大事になることですので緊張しながら助産師の仕事にあたっています。

この仕事の良いところを教えてください。

 「お産楽しかった~幸せでした~またここで産みたいです」と笑顔で退院される方を見送ったとき、「助産師になって良かったな~」と感じます。
 赤ちゃんのお兄ちゃん・お姉ちゃんになったばかりの子たちが「ことりせんせーい」と呼んでくれ、馴染んでくれるのも可愛くて嬉しいです。

助産師になってより磨かれた部分、得意になったことはどんなことでしょうか。

 助産師になったばかりの時期は、お産を上手くお手伝いできる助産師になれるよう頑張らないと、と思っていました。
 それが、段々と「お産が上手くいく」ためには、産む方が上手くお産できるために、日頃からの身体づくりや心構えについてお手伝いすることが助産師として大切であることに気が付きました。そのようなお手伝いにつながるフィジカルエクザミネーションが得意になりました。

最後に、アドバンス助産師としての抱負や、これからアドバンス助産師を目指す方へのアドバイスをお願いします。

 助産師になって、どのようなことを経験し何ができるようになったか、足りないことはないかを意識しながら少しずつ研鑽を重ねることで、今よりもさらに助産師として成長していきたいと思っています。その指標として「アドバンス助産師」を更新できるよう今後もチャレンジしたいと思います。

ご協力ありがとうございました。

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