アドバンス助産師の活躍

全国で活躍するアドバンス助産師の皆様を、毎月1回ご紹介します。

>>> 第4回 小笠原 詩子様 (盛岡赤十字病院 職員)
>>> 第3回 野島 奈明様 (社会医療法人愛仁会高槻病院 職員)
>>> 第2回 鈴木 令佳様 (かもめ助産院 院長)
>>> 第1回 小嶋 由美様 (ことり助産院 院長)

第4回 小笠原 詩子様 (盛岡赤十字病院職員)

はじめに、自己紹介をお願いいたします。

岩手県出身、県内の大学にて教育を受け、現在助産師15年目になります。大学卒業後、千葉大学付属病院にて3年間働きましたが、やはり地元で働きたいという思いから再び岩手に戻り、現在の盛岡赤十字病院で働いています。アドバンス助産師は2年目の2016年に取得しました。
8才・4才・1才の3人の子育てをしながら、仕事・育児に充実した毎日を送っています。

勤務されている盛岡赤十字病院のことを教えていただけますか。

県内の地域周産期母子医療センターとして、主に34週以降の周産期管理を担当しています。2018年の分娩件数は794件、帝王切開率が49%であり、個人病院から救急搬送され緊急帝王切開になるケースや、特定妊婦を含むハイリスクのケースが増加しています。
しかしながら、昔から「お産と言えば日赤!」と、地域に根付いた病院でもあり、2世代にわたって日赤でお産されるご家族もいらっしゃいます。
分娩室・褥室・新生児治療室の3つのチームがあり、合わせて60床の産科病棟で、助産師は45人います。入院中だけでなく、助産外来や母乳育児外来等を通し、ハイリスクが多い中でも、妊娠中から退院後まで妊産褥婦に寄り添った看護を提供できるよう努めています。今年から産後ケア外来も始めました。

普段のお仕事の様子はいかがですか。

現在は褥室で働き、産後のお母さんと赤ちゃんのケアをしています。
産後のお母さん達は特に気持ちが不安定となりますので、一人一人のお話を聴き、思いに寄り添い、安全に安心して育児ができるよう、退院後もお母さんと赤ちゃんが笑顔で過ごせるよう、心がけて働いています。
当院は帝王切開で出産される方がほぼ半数ですが、母乳育児にも力をいれています。「自然分娩したかったけど帝王切開になった」「赤ちゃんが小さく生まれた」等、思い通りのお産ができなかった褥婦さんも多くいます。そんなお母さん達の「産後は母乳で育てたい」という思いに寄り添い、授乳支援にも力をいれています。
また、臨床指導者として学生指導や新人指導にも関わり、未来の助産師・看護師育成に頑張っています。

アドバンス助産師として行っている取り組みや、研修企画などはありますでしょうか。

退院後に乳腺炎等で乳房ケアが必要な患者さんに対しては、外来にアドバンス助産師が呼ばれ、乳房ケアを行っております。
また、アドバンス助産師の資格をもつ先輩は、日赤健康塾として、陣痛タクシーを扱うタクシー会社へ出前講座に行ったり、小中学校へ思春期教育の出前講座に行ったりしています。私もいずれはそのような活動ができればいいなと思っています。

助産師を目指した理由やきっかけはどんなことでしたか。

岩手県内には産科医のいない市町村がたくさんあります。学生の時に、自分の出身地も出産する施設がないことを初めて知り衝撃をうけました。そこで地域の妊産婦さんの声を聞き、自分が助産師として地域の妊産婦さん、子育てするお母さんの力になりたいと思ったのがきっかけでした。

この仕事の難しさを教えてください。

母子二つの命を扱う仕事。出産時も、その後も、助産師として責任をもち判断しなければいけない場面がたくさんあります。自分の判断を医師や他のスタッフに伝えていかなければならないため、責任感と緊張感を常にもちながら仕事をしています。
また、出産はその方にとって人生の一大イベントです。自分の言動ひとつで妊産褥婦さんの気持ちや出産の思い出を良くも悪くもさせてしまいます。子育てを気持ちよく、楽しくスタートできるよう言動には気をつけています。

この仕事の良いところを教えてください。

生命の誕生は本当に神秘的で、何度お産に立ち会っても、毎回毎回幸せな気持ちになります。また、生まれたての赤ちゃんに会い、毎日元気をもらっています。出産して「おめでとう」、退院の時も「おめでとう」。こんなに「おめでとう」を何度も言える場所は、他にはないと思います。

助産師になってより磨かれた部分、得意になったことはどんなことでしょうか。

メンタルヘルスケアに力を入れており、妊娠中から産後まで、お母さんたちの思いを聴く、想いを引き出す、聴く力が身に付いたと思います。また、少しの表情の違いから不安等はないかな、と読み取る力も付いたかなと思います。骨盤ケアや乳房ケア、産後ケアなど興味のある分野を得意分野と言えるよう、これから勉強していきたいと思います。

最後に、アドバンス助産師としての抱負や、これからアドバンス助産師を目指す方へのアドバイスをお願いします。

日々、母子との関わりの中から学ばせて頂くことばかりですが、現状に満足せず、知識や技術の向上に向けて自己研鑚に励んでいきたいと思います。「自律して助産ケアを提供できる助産師」として、妊産褥婦さんやスタッフからも信頼される助産師になれるよう頑張っていきたいと思います。

ご協力ありがとうございました。

第3回 野島 奈明様 (社会医療法人愛仁会高槻病院職員)

はじめに、自己紹介をお願いいたします。

三重県内の大学で看護・助産基礎教育を受け、現在、助産師14年目になります。アドバンス助産師は初年度の2015年に認証取得いたしました。
その後、さらなる自己研鑽のために大学院へと進学し、2019年3月に博士前期課程を修了しました。

勤務されている高槻病院のことを教えていただけますか。

大阪府北部にある、総合周産期母子医療センターを標榜している病院です。また、昔からこの地域の方々にとって市民病院のような存在の、地域に根付いた病院でもあるため、今では「私もこの病院で産まれたんです」という妊産婦さんがいらっしゃいます。
さらに、当院は、院内助産センターも開設しており、年間約1200~1300件の分娩のうち、200件強を院内助産センターが担っています。

普段のお仕事の様子はいかがですか。

私は、院内助産センターに所属しています。院内助産開設11年となり、私自身も所属して10年目に入ったため、2回、3回、もしくは4回と院内助産を利用してくださる方とお会いできることが増えてきました。
また、当院では、院内助産を利用されなくても、正常経過の方であれば、胎児スクリーニング等の週数以外はすべて助産師が妊婦健診を担当しているとともに、ハイリスク妊婦の方への保健指導の機会も多くあります。多種多様な妊婦さんと出会い、勉強させていただくことで、妊婦健診における自らの引き出しが増えていることを実感しています。

アドバンス助産師として行っている取り組みや、研修企画などはありますでしょうか。

当院のNICUにてハイリスク新生児への看護を学んだ経験から、新生児蘇生法専門コースインストラクターとして活動しています。また、全国の小児科医を中心とした新生児蘇生法普及のための委員会メンバーとともに、クオリティ・マネージャーとして、インストラクター養成にもかかわらせていただいています。
医師不在の分娩はありますが、助産師不在の分娩はほとんどありません。だからこそ、助産師には新生児蘇生法の習得が必須と考え、院内外問わず多くの助産師が新生児蘇生法を習得・維持できるよう、普及に努めています。

助産師を目指した理由やきっかけはどんなことでしたか。

母性看護学実習のときに、助産師の言葉がけによって、疲労困憊な様子であった分娩台の産婦さんが蘇ったように気力が湧いたと感じ、人生の大イベントにこれだけ大きな影響を及ぼす存在ってすごいなと思ったことと、実習担当の教員に勧めてもらったことがきっかけです。

この仕事の難しさを教えてください。

助産師は、身体的・精神的・社会的など、さまざまな側面から女性にかかわります。
しかし当院では、小児科医、小児科看護師、ソーシャルワーカー、臨床心理士、栄養士に加えて、産婦人科領域のエコーを行う専門の資格をもつ検査技師、妊婦さんや授乳中の方専門の資格をもつ薬剤師など、その道の専門家がおり、助産師や産婦人科医だけではなく、必要に応じて多くの専門家が女性にかかわっています。そのようなとき、より一層、助産師の専門性が問われているように感じます。助産師がやるべきこと・助産師にしかできないことは何かと常に考えながら、日々過ごしています。

この仕事の良いところを教えてください。

母や祖母から分娩のときの話を聞くことがあるのですが、数十年前の出来事にもかかわらず、驚くほどよく覚えています。このように、分娩を経験した方たちは、ことあるごとにそのときの記憶が蘇り、助産師のかかわりは良くも悪くも色濃く残っているのだろうと考えたとき、人の思い出の一部になれることに多大なやりがいを感じられるところです。しかし、それに対する責任も同時に感じます。

助産師になってより磨かれた部分、得意になったことはどんなことでしょうか。

相手を知ることは、ケアリングの基本となります。
自分の目の前にいる人がどのような人なのか、何を求めているのか、どの部分を支援すればより良くなるのかなど、助産師としてのキャリアを重ねていく中で、自然とその人を知ることの重要性が分かり、アンテナが磨かれていると思います。しかし、まだまだ充分ではなく、発展途上であるとも思っています。

最後に、アドバンス助産師としての抱負や、これからアドバンス助産師を目指す方へのアドバイスをお願いします。

アドバンス助産師に求められることは、女性によって異なることはもちろん、時代や地域、組織によっても異なると考えています。そのため、アドバンス助産師としての自分に満足することなく、また、アドバンス助産師像を型にはめてしまうことなく、身につけたものをどんどんブラッシュアップし、芯の通った柔軟性がある助産師になれるように努力していきたいと思います。

ご協力ありがとうございました。

第2回 鈴木 令佳様 (かもめ助産院院長)

はじめに、自己紹介をお願いいたします。

助産師になって27年目です。
福岡県出身で学校を卒業してからずっと神奈川県で働いています。
アドバンス助産師は初年度の2015年に取得しました。

院長を務めておられる、かもめ助産院のことを教えていただけますか。

2001年に橫須賀市に開業して19年目になります。
3床の有床助産所で、妊婦健診、分娩、産後ケアの事業を展開し、開業後1100人以上の赤ちゃんが誕生しています。また、昨年から周産期(精神)看護に特化した訪問看護ステーションを併設しました。
また、橫須賀市助産師会の事務局も担っていて法人化に向けて準備中です。

開業の経緯はどういったことでしたか。

私と今も一緒に働いている助産師が就職した病院は産科に特化した市立病院でした。
そこで母乳育児に取り組み、お産後に母乳育児をスムーズに進めるには分娩方法を変えようとフリースタイル分娩を取り入れ、それらをお母さん方に理解していただき、身体づくりを勧めるために助産師外来を開設し、医師の協力も得て変革をしていきました。その病院が大学病院に合併吸収されることをきっかけに閉院となり助産所開業を決心しました。

かもめ助産院での、普段のお仕事の様子はいかがですか。

妊婦健診や母乳相談、産後ケア入院の方のケアを行なっています。
妊婦健診では一人一人に健康なお産をしていただくため、その方に会った保健指導を心がけています。入院中はお産の経過に会わせたお食事を提供し、体力の回復に向けた身体的ケアを行なっています。産後ケアや母乳相談は他院でお産された方々も多く利用されていますので、産婦さんのお話をよく聞くようにしています。
そのほか、助産師会の定例会や研修会の準備なども行なっています。

助産師を目指した理由やきっかけはどんなことでしたか。

看護学校の実習で分娩に立ち会わせていただき、助産師さんがお産を最初から最後まで看護、処置をしている姿にあこがれたこと、赤ちゃんの瞳の美しさに感動したことです。

この仕事の難しさを教えてください。

妊産婦さんの家族の将来をも担う仕事なので、スタッフみんなが同じ方向性のケアができるか、というところです。幸い仕事をしている仲間は長く一緒なので、気心のわかる人たちに助けてもらって仕事ができています。

この仕事の良いところを教えてください。

少子高齢化ではありますが、産後ケアや訪問看護をやっていると地域で助産師職能が求められていることを実感します。前職の病院で学んだように自身の意識次第で助産師職能を広げて仕事の幅を広げることができるところだと思います。

助産師になってより磨かれた部分、得意になったことはどんなことでしょうか。

地域で助産師として働くためには行政の保健師さんや議員さん、鍼灸師さん、整体師さん、保育士さんなど他職種の方とのネットワークを持つことが大切で、いろいろな引き出しを持つことが妊産婦さんの一助となります。一人の妊産婦さんに自分がもつ助産ケアだけでなく、地域財産を広く活用できるようになったことです。

最後に、アドバンス助産師としての抱負や、これからアドバンス助産師を目指す方へのアドバイスをお願いします。

助産所でやっていることを発信しながら、ICMなどにも積極的に参加して様々な国の助産師と交流を持ち、助産に関わることを吸収して職能の幅を広げていきたいと思います。
これからアドバンス助産師を目指す皆様には目先のことだけでなく、広い視野を持って職能の幅を広げていただければと思います。

ご協力ありがとうございました。

第1回 小嶋 由美様 (ことり助産院院長)

はじめに、自己紹介をお願いいたします。

平成9年に助産師になりまして、現在22年目となります。
平成21年に母性看護専門看護師の資格を習得しました。
「アドバンス助産師」は初年度に認証を受けました。

院長を務めておられる、ことり助産院のことを教えていただけますか。

平成26年に自宅の横に助産院を開院しました。栃木県では出産できる助産院は現在3施設しかないこともあり、市外からも出産に来られます。
「ことり助産院」としたのは「小嶋」の苗字からでもありますが、「ことり」のさえずりが聞こえるような静かでのんびりした場所にある助産院、という雰囲気を伝えたくてこの名前にしました。

開業の経緯はどういったことでしたか。

私が通っていました助産婦学校では、助産院での実習や地域での実習が充実しており、校長先生や講師にも開業をされている助産師さんがたくさんおられました。その方たちから学んでいく中で、自然と「助産師になったらいつか開業できるように、知識や技術を身につけないと」と思うようになっていたように思います。

ことり助産院での、普段のお仕事の様子はいかがですか。

分娩をされる方の妊婦健診や出産のお手伝い、産後は一か月健診まで助産院でみています。入院中はお産後の滋養を考えた食事作りをしたり、掃除・洗濯など身の回りのお手伝いをしながら、産後のお母さんや赤ちゃんとのんびり過ごしています。
他に、助産院には育児相談や乳房ケア、妊婦さんや産後の方が整体のために来院されます。また、地域の学校や行政の方からの依頼を受けて、中学生から大学生への健康教育、両親学級に出向いています。助産師学生さんや、助産師さんへの講義や実習もお引き受けしています。

助産師を目指した理由やきっかけはどんなことでしたか。

看護師になって就職したのが大学病院の産婦人科病棟でした。そこで出会ったいろいろな心配事を抱える妊婦さんの看護を通じて、もっと産科のことを学びたいと思うようになりました。病棟の師長や主任さんがとても尊敬のできる方で、その方たちが助産師であったことも、助産師にあこがれたきっかけになりました。

この仕事の難しさを教えてください。

やはり、母親と赤ちゃんの二人の命がかかる出産に携わる仕事であることだと思います。
これまで800名ほどの出産に携わりましたが、お一人お一人の人生の一大事になることですので緊張しながら助産師の仕事にあたっています。

この仕事の良いところを教えてください。

「お産楽しかった~幸せでした~またここで産みたいです」と笑顔で退院される方を見送ったとき、「助産師になって良かったな~」と感じます。
赤ちゃんのお兄ちゃん・お姉ちゃんになったばかりの子たちが「ことりせんせーい」と呼んでくれ、馴染んでくれるのも可愛くて嬉しいです。

助産師になってより磨かれた部分、得意になったことはどんなことでしょうか。

助産師になったばかりの時期は、お産を上手くお手伝いできる助産師になれるよう頑張らないと、と思っていました。
それが、段々と「お産が上手くいく」ためには、産む方が上手くお産できるために、日頃からの身体づくりや心構えについてお手伝いすることが助産師として大切であることに気が付きました。そのようなお手伝いにつながるフィジカルエクザミネーションが得意になりました。

最後に、アドバンス助産師としての抱負や、これからアドバンス助産師を目指す方へのアドバイスをお願いします。

助産師になって、どのようなことを経験し何ができるようになったか、足りないことはないかを意識しながら少しずつ研鑽を重ねることで、今よりもさらに助産師として成長していきたいと思っています。その指標として「アドバンス助産師」を更新できるよう今後もチャレンジしたいと思います。

ご協力ありがとうございました。

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